メトロポリタン美術館で伊達政宗に会う

メトロポリタン美術館に伊達政宗が家臣に贈った甲冑がある、と、いつもお世話になっている仙台市博の方より情報をいただき、見に行ってまいりました。

最初はどれがその甲冑なのかわからず、しかし全ての甲冑の写真を撮って帰り、その内に1領をフェイスブックに上げた所、やはりそこでも「政宗関連の甲冑があるはず」と、コメントがあったのです。

写真を見返して、館内にいた時は詳細を読まなかったキャプションをじっくり眺めていると、ありました!
「DATE MASAMUNE」の文字が!

うむ!これだああ!!!

メトロポリタン美術館所蔵 白石豊後拝領の鎧

 

肩上からは「杏葉・ぎょうよう」と呼ばれる装飾がついてます。
胸板と肩上を繋いでいる紐が切られないように守るためだと思います。


袖の幅も30cmくらいはありそうでした。
室町時代の代表的な形、かな?

別の角度。

METのツイートの写真は色がもっとわかりやすいです。

威し紐は革で、色あせてますが紫、緑、濃紺、朱、白、あとはベージュっぽく残っている色は何色だろう・・・朱色?
途中で威し直したか、当時の革紐かはわからないです。

金山一揆の功績により白石豊後が伊達政宗より拝領したとのこと。

 

これを見て思い出すのが、
織田信長が上杉謙信に贈ったとされる胴丸です。
公開できる写真がないのが残念ですが、図録や書籍で見ることが出来ます。

形状がとても良く似ています。

あと、政宗の具足でこれと似た胴丸があるはずなのですが、資料が見あたらないです!どこ行った!
仙台市博物館の何かの図録にモノクロ写真が載ってたはずです。

 

政宗の甲冑といえば、この仙台市博物館所蔵の五枚胴ですが、

 

他にもあるんだよなあ、と、改めて思うのでした。

室町時代の甲冑と、戦国時代の甲冑と、江戸初期の甲冑と、戦いがなくなった後の江戸時代の甲冑は、流行りがちょっとずつ変わっていきます。

政宗が戦っていた時期、まだ室町形式の甲冑が混在していて、大名クラスでも着用していたのかなあと思うと、ますます、後の政宗が、甲冑は鉄の五枚胴を推した理由が気になります。

他の大名たちはほぼ採用しなかった五枚胴、政宗以降仙台独特ゆえ、仙台胴とも呼ばれるようになった、あの甲冑。

 

もう一領、伊達関連甲冑がありました。

こちらは「the Date family of Sendai」とあります。
前立てが半月だから、伊達関連かなあと思ったら、やはりそうでした。
ガラスケースに反射してひどい写真ですが、雰囲気をお楽しみ下さい。

 

海外の甲冑の展示方法って、立ってる姿が多いのが特徴です。
まあ、臨場感はありますが、違和感もあります。
間違った着こなしではないので、展示は痛みがなければどちらでもかまわないと部長は思います。

最後にもうひとつ、NYでDATE MASAMUNE の文字に出会った甲冑を紹介します。

NYのオークションに出された仙台胴

 

これはNYのオークション会場で手に入れた図録です。無料でくれました。
驚くことに

This style of cuirass was popularized by Masamune of the Sendai region.

と、解説がなされてます。
この胴の形式は、仙台の政宗によって一般化した。
(そんな意味のはずです・・・多分・・・)

この胴、誰が落札したのか、今はどこにあるのかと、ふと思います。
胴しかないんだから、単にカッコイイ甲冑好きは買わないだろうから、
かなり甲冑を愛している人じゃないかなあ、
伊達政宗の名前は継承してくれているといいな、と思いつつ、今回はこれまで!