伊達政宗の装束を見る

装束の着付けと、基本知識を習っていても、どうしたって「では政宗のあれは!成実のこれは!」と、関連付けてしまうのはすでに性です。

 

さて、そういうわけで、学びたてほやほやの装束と有職故実(まだ間違いもありそうですが)から見た伊達政宗の肖像画と木像を紹介します。

まずは瑞鳳殿の戦前の江戸時代に制作された政宗公の木像を御覧ください。

 

そして部長が遠くから撮影してピンぼけな現在のものを。

 

今まではただ単にお顔が変わったなーくらいしか思ってませんでしたが
装束のことを学んだ後と前では見方が全く変わりました。

まず、身につけている装束は束帯です。
そして太刀を履き、お腹の下に下がる平緒という細い帯のような布があります。座っているので見えづらいですが。

立った姿は、モデル部長の、先日着付け教室で撮影した写真で雰囲気をどうぞ。

まず、束帯姿の時に、刀をつけるならば必ずこの平緒がセットにならないといけないのです。刀だけ、平緒だけ、というのはNGなのだと学びました。知らないとイラストとかでやっちゃいそうなミスです。

そして木像の肩に注目を。
江戸時代のものはすごい尖ってます。
これは誇張されたデフォルメではなく、強装束(こわしょうぞく)という、糊付けバリバリの生地で作られた束帯なので、もうカクカクバリバリだというのです。
肖像画もそうなっています。

ゆえに、一人で気軽に着られなくなり、着付ける人「衣紋者」が必要になったのだそうです。

そして肖像画にも太刀と平緒がありますね。

そして袖にも注目してください。戦前のが分かりやすいです。

袖がすごい上向きなの、わかりますか?
これもデフォルメではなく、こういう着方が正しいのです。

袖のふくらみをまんま「鳩胸」というのです。

部長が着た姿では生徒同士で初めて着付けたものなので、袖は立派な鳩胸になっていませんが、なんとなーーーく、膨らんでいます。
ちなみに部長も他の方の着付けに鳩胸は作れませんでした。

そしてさらに座っている台座の柄にもご注目を!

お雛様のような畳の台に鎮座しているのですが、畳縁にもちゃんと意味があったと初めて知りました。

戦前の政宗像の柄は小紋高麗縁という、公卿が使用する柄で、
戦後になるとワンランク上の大紋高麗縁、親王・摂関・大臣が使用する柄に変わっています。なぜ???

 

柄に関する詳細はこちらのサイト・綺陽装束研究所でご確認を!
http://www.kariginu.jp/kikata/hoka.htm

 

兎にも角にも、何事も学べばすべての事柄は奥深く、ウンウン唸るばかりです。そのぶんだけ、物の見方が変わってきて面白いことこの上ないのです。

成実のあれやこれも知りたいのですが、彼の場合、着物や装束姿のものがないので今回は語れず・・・。残念無念!!!

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