十二単に関する覚書

目白にある学習院大学で、「宮廷装束の世界」なる展示を見てきました。

狭いスペースでしたが、それなりに堪能してきましたよ。

十二単の着付けのビデオが流れていて、ふむふむと見ていました。

 

以下、自分用の覚書です。

十二単とはいえ、現在の様式では12枚の着物を着用してはいない。5枚である。
五衣唐衣裳姿
裳の帯と唐衣は同じ布。

 

お雛様や現在のヘアスタイル、おおすべらかしは江戸中後期あたりからのスタイル。平安時代のものではない。
まあそりゃそうですね。

これですね。


画像はウイキペディアより

 

 

あの膨らみは鬢付け油などではなく、和紙で土台を作り、髪の毛を土台に貼り付けている。(ええ??どういこと??突っ込もうにも、ビデオでの解説ゆえ、突っ込めない)

 

十二単の袴は赤と思いがちだが、濃い紫色。未婚の女性の色。
それが女学校の制服の袴の色(紫)となった。

 

重量は10キロほど(現在のもの)。
男性の装束も10キロほどあるが、腰で重さを分散させる。女子の場合は全て肩に重さが乗る。
大正あたりから重すぎないよう簡略化して12枚ではなく、襟や裾部分、見えるところだけ枚数を重ねている。

 

装束は強張りという、ノリで生地を固める手法で作っていて、
故に一人では着られなくなった。

今は強張りではない。

 

記事はビデオを見た記憶だけなので正確かは甚だ怪しいです。各自鵜呑みにしないで調べて下さいね。

 

しかしまあ、なんにせよ、重たいです。
部長も以前、体験着付けしましたが、最初は平気の屁です。

ところが途中から一気に「重い!」と、感じるのです。

平安女性が普段着としていたのは、12枚も着込んでいたわけではないでしょうが、トイレも困る。
袴には男性のようにまたに穴が空いていたかもしれないですね。

束帯も着用したことがありますが、重さは感じませんでした。
着付けの違いなんでしょうね。

しかし動きづらいのは動きづらかったかな。

 

狩衣は動きやすかった。左が部長。右は十二単の友人。

どこかのウエブページで、狩衣は当時で言えばジャージみたいなもんだ、という表現をしていましたが、全くその通りです。

 

着てこそわかる、装束。

男物も着なければわからない!故に着る!甲冑も然り!故に着用する!

 

 

しげ部では完璧な有職故実に基づいてはいませんが、それなりな形の装束も制作しています。

例えばこの直衣、外寸は文献に基づいていますが、生地や縫い方はオリジナルです。
依頼主の希望で着やすいように工夫しています。

 

オーダー例はこちらにも。
http://shigebu.minibird.jp/kacchu-isyo.html

 

お祭りや舞台に、いかがですか?