(伝)加藤清正所有の南蛮服を再現してみる

南蛮服への興味が湧いてから1年以上、情熱はすでに平熱となり、これすなわち興味が冷めたということではなく、特別な熱があることが平常となったゆえ、高熱が平熱と化したというわけです。なんでしょう、日本語がおかしいですね。
ともあれ、南蛮服が好きというわけです。

前回、カルサンという南蛮のパンツを日本風に改造した袴を作ってみたのですが
「南蛮服って何」

今回はシャツです。こちらの本を入手してみました!

加藤清正公の南蛮服・伊藤なお枝著・花乱社

加藤清正が所持していたという南蛮シャツをサイズのみ再現してみました。 書籍内にサイズの詳細があり、ざくざくっと縫ってみたのがこれです。

16世紀のヨーロッパの仕立がちょっとわかって、かなりドキドキしながら作りました。

とはいえ素材は化繊だし、ミシン縫いだし、肩のヒレはついてないし、ボタンはついてないし(安全ピン出動です)、まずは大きさ確認作業です。

当然着てみます。

加藤清正のシャツ

ついでに前回作った家康のカルサンも履いてみます。

戦国時代のファッション

うははは!どうでしょう、国際色豊かな戦国武将になれたでしょうかっ!

さて、身長164cmの部長が着て、ほぼぴったりです。というか、首周り、肩周りに至ってはゆとりがなく、サイズ間違えたのかと思ったのですが、そうでもない。
うう~~~ん!!これを当時の男性が着ていたの?と、疑問が湧いてきたのです。

身長はまあ、16~17世紀の平均に近いので問題はなさそうですが、首と肩、二の腕あたりのスリム具合はこれでいいんだろうか??鍛えた武将はもっと筋肉がついていたんじゃないかと思ったんですが、友人がこの写真を見て「現代のマッチョとは違って例えばアフリカのマサイ族は細身だけどバネがある、そういう体だったかもね」という説をといてくれて、なるほど、と。
そこで思い出すのが渡辺守綱の肖像画です。

渡辺守綱

めっちゃ細いです!
肖像画から見るに年をとっているせいもありそうですが、元々がスリムな体型だったとすれば、彼は家康の家臣として一番槍を務めるほどの武人ゆえ、腕は細くても強いということの証かもしれないです。

花の慶次のような北斗の拳のような魁男塾のような、身長3m、首周り1.5m、肩幅1m位ある武将がデフォルトだとは言わないにせよ、なんとなく勝手に武将=筋肉質な体を想像していた事は認めます。

巨漢の悪役(雑魚)の肩に小柄なブレーン役が乗っかってたりしていましたよねえ。でも違和感なく受け入れていたのは、物語の面白さとデザイン力の為せる技でしょう。

さて。

件のシャツに話は戻り、しかし現存しているシャツが清正のために仕立てたかどうかは謎なので、清正の体型はこのシャツから決定づけることは厳しいです。
日本への献上品としてポルトガルあたりで作られたという経緯があるそうです。清正のもとにこのシャツが渡ってきた経緯も不明ということ。
当時の献上品はぐるぐると回っているのがつねだったようです。例えば貴重なトラの毛皮を頂戴したら、それはまた他の人に献上する、トップの手に渡れば、褒美として家臣などに下知したり、友好の証として送ったり、それをさらに・・・という感じで、とにかくぐるぐるしていたというのです。

想像ですが、このシャツもとても良いものゆえ、着るものではなく、珍しい献上品としてしばらくの間ぐるぐるしていたのかもしれないですね。故に保存状態がとてもいい。
現在は熊本県の本妙寺が保管しています。実物は見たことがないですが、時折特別展でも貸し出し出品しているようなので、いずれ機会を見て本物に会いたいと思います。

とにもかくにも、作ってみる、着てみる!
それが楽しくて仕方ないしげ部です。

肖像画のこんなの作って欲しいんだけど、みたいな相談はしげ部まで!