サン・ファン・バウティスタ号

石巻にある、サン・ファン・バウティスタを見てきました。

ずっと行きたかったこの場所ですが、とにかく交通の便が悪く公共機関の乗り物利用しか手がない部長にとってはとても行きづらい場所でした。(今はJRが開通したので、それほどでもないのかな)

そして今回は運の良いことに友人とその旦那様に車で連れて行ってもらうことが叶いました!

わーーーい!

 

石巻の駅からもやはり結構な距離があるサン・ファン・バウティスタパーク。月浦とはまた離れた場所なんですね。てっきりここが月浦かと・・・。

さてさて
車から帆先が見えてまず感動、そしてパークに入って全体像が見えて、更に期待が膨らみます!

サン・ファン・バウティスタ1

そうか、あの船(もちろん実際のものではなく復元ですが)が太平洋を横断した伊達政宗の船なのか・・・!!!

 

いやまあ、伊達政宗の船というのは正確なニュアンスではないですが、そういうことにしておきます。

サン・ファン・バウティスタ2

九曜紋!

サン・ファン・バウティスタ3

パカっと開いているのは大砲門。
てっきり、凪状態で、緊急時にはあそこからオールを出して奴隷船のように人力で進むのかと思いましたが、違いました。

さて、この船どの位人が乗っていたのか尋ねるとなんと180人も!
日本人は支倉常長を筆頭に伊達藩から、徳川家から、その他商人など
南蛮人は宣教師ルイス・ソテロ、ビスカイノ提督、水夫など

 

徳川から許可をもらって建造した船ですが、国内の外人を追い出すためだったとも言われ、政宗と家康との間にどういった約束事があったのかはよくわかりません。

政宗の海外進出の野望とも、スペインと手を組み徳川家を滅ぼすためとも、震災後に言われ出した慶長地震の復興事業とも。少なくとも復興事業ではないとの見識者の話。

 

さて、思惑は様々なれど、それは他の方に任せて、しげ部部長は衣食住が好きです。船員の様子を想像してみます。げんなりします。

小さな船ではないですが、180人となるとすごい狭い。
更には水や食料、積み荷、オマケに家畜もいたそうで、それはそれは狭い。
トイレもない。風呂などあるはずもない。水は腐る。暑い。(寒い?)
小便は甲板からすればいいけど、大便はおマルだろうか。
台所はあるが、これだけでは180人分の食事は到底まかなえない。サン・ファン・バウティスタ台所

そもそも薪もすぐ無くなるだろうし、揺れたら汁など空っぽに。
火を使わない食事が主流と考えられる。

サン・ファン・バウティスタ食事

そしてポイントは仙台味噌!壊血病対策にもなっていた!??

政宗朝鮮出兵の時に持ち込んだ味噌だけが、ダメにならなかったという仙台味噌。しかし、この逸話はあくまでも逸話。事実じゃないとのことなので、あしからず。

とはいえ、やっぱり仙台の味噌はそこそこ優秀だったんだと思うのです。

しかししょっぱい。保存食はしょっぱい、味噌もしょっぱい。喉が渇くが水は腐る。じゃあ酒か?もしくは雨水。雨もふらなきゃ最悪おしっこ?・・・かなり辛い。

しかしながら水もペットボトルのように密閉しておけばそうそう簡単に腐るものでもない。樽には腐敗を押さえる素材が使われていると思うし。
腐るとすれば、どこかに空気穴が出来て雑菌が入り込んだ時だろう。

 

壊血病が出なかった要因として考えられるのは、釣った魚を刺し身にして食べたって可能性はないでしょうかね。青物の栽培とかは無理なのかなあ。潮風にやられるのかも。

サン・ファン・バウティスタ4
ネズミ取りのためネコまでいたとか?ネズミも立派な食料になるって話もある。猫から取り上げて食ったかなあ、ネズミ・・・。

 

サン・ファン・バウティスタ船内
衣食住の住です。写真は支倉常長の部屋。これが実際かはわかりませんが、ベッドは133cmと小さく、逆に小さくないと揺られて体が固定されないんだとか。
ならば雑魚寝の船員はどやって体を固定していたんだろう。ハンモッグ?吊るすだけじゃなくて前後の柱に網を固定させるとか。それじゃ人間の大漁みたいだなあ。どうしていたんでしょうねえ。


積み荷。箱の中身はナンジャラホイ!大砲があったんだから火薬もあるよね。
史料館で上映される20分の映画の中で大嵐に遭遇して船内下までビショビショのシーンがあったけど、火薬は無事だったかしら。最後大砲撃ってたけれど。


食料としての豚。あれ?この時代、日本に豚はいないような・・・???南蛮人の持ち込み?

 

航路は太平洋を横断し、パナマで降りて陸を渡って船を乗り換えスペインへ。その間ずっと船はパナマでお留守番。盗まれたり壊されたりしないものなのだなあと感心。よっぽど強力な人物に預け置いたのか、パナマでは乗り換え地だから日常的に船を預かっているから普通なのか。

ともあれ、再びスペインから見た回路を逆戻りして、パナマから支倉を乗せて日本への帰路についたサン・ファン・バウティスタ。しかし日本へは入れず、フィリピンで売り払って別の船で戻ってきた支倉。

その後の船の行方は知れず。
いっそ嵐で難破して海の底で眠っていて、いつか発見されるのも悪くない。その時の乗船員には申し訳ないが・・・。

 

 

と、いうことで、今のアパートぐらししかしたこと無い部長にとっては、政宗がどうとかなぜ支倉が選ばれたのかとか、政治的なこと以前に船内には謎しかなかった、っていうお話。

 


そして展示コーナーの模型。
てっきり座礁船の模型化と思ったら、3.11の津波で壊れたものをそのまま展示していました。
ある意味、本当の難破船です。

サン・ファン・バウティスタ号は津波での破壊は逃れたが、その後の台風で帆船が折れたという。

 

石巻もかなり工事が進み、津波を思わせる風景は、初めて訪れた人間にとって車からなばめる程度の景色だけでは、どこにもありません。
JR石巻線が全線開通したのが2015年3月21日。

その一方で鉄道の復旧を断念した地域もあり、なんとも言えない。

そして交通の便を良くしたことで町が廃れるケースも多い。
皆日帰りで通り過ぎ、お金を落とさなくなるために起こる便利すぎるインフラの負。

おお、ならば不便なサン・ファン・バウティスタパークを訪れる際には1泊がいいんでしょうねえ。敷地内にはSunFun Village(サンファンヴィレッジ)という宿泊施設もありました。

ごめんね、車で行っちゃった!

 

おや、またしても話が大幅にずれちゃいましたね。

 

 

最後にやたらと船の構造に詳しいブログを見つけたので紹介しておきます。
http://yamada-maritime.com/

海賊王には到底なれない部長がお届けした、航海の謎話でした。