小十郎没後400年

言わずと知れた政宗の片腕、片倉小十郎景綱は1615年10月14日、なくなりました。享年59歳。

世間は、(というか、歴史好きの世間ですが)大坂の陣400年とか、家康公没後400年とかで盛り上がっとります。

なので、しげ部では勝手に小十郎景綱没後400年特集をします。

なんかすぐに400円と打ち間違えます。

没後400円。安いです。

 

 

さて。

まずは小十郎が生まれたとされる場所がいっぱいある。

本命は米沢の成島八幡神社。
八幡神社

タクシーで成島八幡といったら「どこですか?」ッて言われた。
米沢人よ、客は上杉目的だけではないんだ!!!

 

そして高畠の安久津神社。

安久津神社
ここも伊達家と縁の深い神社。
地元ボランティアの人は小十郎も政宗もココで生まれたという。そういう言い伝えが浸透している。何か理由があるはずだ。

 

他にも何箇所かあるが、いずれも決定打は今なまだない。

小十郎の父は片倉景重、母は本沢真直の娘(直子)。
二人は再婚。
互いに子供を連れての結婚であった。

直子は離婚前は鬼庭左月の嫁で、二人の間には喜多子がいる。
通説ではその後、直子に男子が生まれず、側室との間に男子(後の綱元)が生まれたので離縁し、側室を本妻として綱元に家を継がせたという。

鬼庭家と片倉家

左月の側室って誰なんだ。男子が生まれたとはいえ、そんなあっさり正室と離縁するのか?側室は実力者の家なの?
信天郡福島城主牧野刑部 の娘って出るけど、だれ!
牧野って中野宗時の息子関連じゃないよね?信天郡??信夫じゃなくて?福島城主??

たまたま拾ったネットの情報が間違っているのか、
いまさらだけど、知らないことが多すぎます。

さて、この後、伝承では幼い小十郎は藤田家に養子になるべく預けられますが、藤田家には男子が出来たので小十郎はお払い箱になります。

米沢大火の時に火消しを買って出た小十郎を輝宗が見て、小姓にしたという話もあります。
遠藤基信が賢い子がいると聞いてスカウトしたという話もあります。

子供の頃の話は、類にもれずよくわからないのが現状のようです。

 

なんだかんだで梵天丸の傅役に収まり、さらに大森城主、亘理城主、白石城主となるのです。(すごいすっ飛ばした)

 

前に描いたブログの漫画を貼っておきます。

米沢の火事に小十郎出陣ス
片倉小十郎米沢の火を消す1

 

片倉小十郎米沢の火を消す2

 

片倉小十郎米沢の火を消す3

http://sigechannohe.blog.fc2.com/blog-entry-277.html

 

小十郎、政宗の見舞いを受ける

 

小十郎の死因1

 

小十郎の死因2

http://sigechannohe.blog.fc2.com/blog-entry-24.html