粕谷源次郎という男

山形県酒田市にある松山伝承館という、松山の歴史などの資料を展示している場所で甲冑教室を開催していました。

その様子は、また後程まとめるとして、忘れないうちに粕谷源次郎という男の話を。

彼は酒田三十六人衆という、豪商の頭であった。当時は商人といえども同時に武士であり、戦で活躍し首級もある働きをし、そして同時に氏神を祀る神社の神主でもあったという。そしてある程度の自治権があったようだ。
粕谷源次郎は機転のきく人物で、まだ酒田が上杉領の時にある諍いが起こったが彼は上手くまとめた。その事の顛末を石田三成に訴えて、秀吉の知るところとなり、ついには諍いで損失した米を上杉の重臣・直江兼続に弁償させたという。さらには秀吉から手腕を買われ海上警備を仰せつかった。

痛快ではないですか!

大名でもない、家臣でもない、一般的には名も知られていない人物が秀吉を動かし、兼続に弁償をさせた。

最上川の水路を整備した人物として知られているようだが、思わぬビックネームにびっくりしたのです。

松山伝承館にあった、最上川の水運に関する書籍のわずか1ページ分の記述ですが、地方史には面白い知られざるエピソードがいっぱい眠っているのだろうなあ・・・。

粕谷源次郎

 

商人も武将、神主も武将。
商人が金と物資を持って、自治権持って武力ももっていたら怖いもんなしじゃないのかしら。大名のほうが腰が低くなりそうです。