第3回だて部報告その1

先日、伊達家に関する歴史を学ぶ部活動「だて部」、第3回目が開催されました!

 

今回の参加者は15名。
ご先祖が歴史に関わりがある方、歴史ライター、出版業界の方などなど、共通項は、伊達家の歴史に興味がある、ということ。
さらに修験者も参加いただき、歴史と宗教にかかわる話も聞くことが出来ました。

さて、そのおおまかな内容です!

 

まずはメインテーマの一つ、佐藤憲一先生による「義姫の政宗毒殺未遂」に関する話。

 

その前に、なぜ、この話をしようと思ったか説明しますよ~。

 

昨年、だて部として、部長は佐藤先生にご挨拶に伺いました。その時にだて部のことなど色々と話す中で、佐藤先生から政宗に関してお話してくださいました。
そこでこの毒殺に関する話があったのです。
それがとても面白い!

3年前に仙台市で歴史セミナーがあった時に、このお題で先生の公演がありました。参加できなかったのですが、後で講演会に行った友人から資料をいただくことが出来たのです!

政宗毒殺未遂これ!

それで、この資料をもとに、だて部でも発表することを許可をいただいたという経緯です。

長くなった!

 

で、その内容は伊達家中の分裂を防ぐために義姫が政宗を毒殺しようとした芝居であった、というものです。

その理由は現在販売中の「伊達政宗謎解き散歩」にてご一読を!
今ココで解説すると、この本の内容そのままになってしまうので、ご勘弁を。

また、2月23日にも佐藤先生による講座があります。
詳細はこちら!興味のある方は仙台へGO!!

 

また、政宗の弟「小次郎」は生きていて大悲願寺の住職となったという説があります。その根拠とも言える話も「伊達政宗謎解き散歩」に載っています。大悲願寺の過去帳に理由がありました。

 

しかしいずれにも「弟」の名前が「小次郎」「正道」「竺丸」であるとは書かれていない。後年つけた名前が定着してしまったのか。
政宗が弟のことを抹消したのでしょうかと、先生に尋ねた所、そうかもしれないですね、と。
いずれにせよ、謎なのです。

 

さらに前回だて部にて弁を振るってくださいました菅野先生より、大変興味深い情報を頂きました。

蘆名盛興が、「御次男」を養子に迎えたいと輝宗に宛てた手紙が見つかった(遠藤家文書)というのです!

佐藤先生のお話とは別次元のことでありますが、記録にない「弟」の存在があるかもしれない、という話でした。

 

うーわー!

 

参加者さんに「弟」の存在に関して知っている方を聞いてみましたが、今回はいらっしゃいませんでした。

輝宗に側室はいないと一般的に言われていますが、側室と思しき人物が登場する資料があると、これも以前個人のサイトでみたことがあります。(URL不明・・・すまぬ!!)

しかし、部長が一番面白いと感じたのは、こんなにも「弟」の存在がはっきりとしているのに、なぜ、正式な記録が伝わっていないのかということです。

政治的に、政宗的に、なにがあったのか。

だて部ではそれに対する答え(考え方)は出なかったですが、興味はつきません。

第3回だて部
写真は書物片手に必死な部長、カッコワライ。

続く。