天然痘と伊達政宗

政宗が幼い子ころ、天然痘(疱瘡)にかかって目に毒が入って失明した話はあれど、医学的に解釈した論文をまだ知らない。

天然痘の毒ってなんだろう。
サクッとググっても答えはない。

ただ、天然痘でググルと、結構きびしい画像が沢山出てくるのでお薦めはしません。

ウィキペディアに書いてある症状としては、

  • 飛沫感染接触感染により感染し、7 – 16日の潜伏期間を経て発症する。

  • 40℃前後の高熱頭痛腰痛などの初期症状がある。

  • 発熱後3 – 4日目に一旦解熱して以降、頭部、顔面を中心に皮膚色と同じまたはやや白色の豆粒状の丘疹が生じ、全身に広がっていく。

  • 7 – 9日目に再度40℃以上の高熱になる。これは発疹が化膿して膿疱となる事によるが、天然痘による病変は体表面だけでなく、呼吸器・消化器などの内臓にも同じように現われ、それによる肺の損傷に伴って呼吸困難等を併発、重篤な呼吸不全によって、最悪の場合は死に至る。

  • 2 – 3週目には膿疱は瘢痕を残して治癒に向かう。

  • 治癒後は免疫抗体ができるため、二度とかかることはないとされるが、再感染例や再発症例の報告も稀少ではあるが存在する。

 

ということらしい。

さらに、かさぶたには1年たっても感染力がある、とも書いてあり、疱瘡にかかった政宗(梵天丸)を母が醜いと嫌って遠ざけた、と、よく書かれていますが嫌ったわけではなく、単に感染することを防いでいたと言えるのではないでしょうか。

特に妊娠でもしていたなら、そりゃあもう、遠ざけます。(家臣たちがムリにでも)

 

部長が政宗を描くときに右目の周りにてんてんをつけているのは、あばた、のつもりです。

いつぞやブログに載っけたイラスト。

伊達政宗

実際はどの程度跡が残っていたのでしょうか。

以前、他家の大名の記録に「政宗の顔は目が飛び出て醜い」と書いてありました。例によって、今ほど歴史にはまっていない頃だったので、ソースは忘れましたよ・・・さらっと。

あいまいな記憶では政宗の江戸城時代だった気がするので、結構な爺様です。

 

小十郎が飛び出た片目をえぐった逸話は、逸話です。両目はあったようです。ただ、見えてはいなかった。
部長は勝手に、小十郎がえぐったのは、目玉ではなく、腫れ上がったかさぶただと思っています。
感染ることを考慮すれば、小十郎もすでに疱瘡にかかっていたから、もう感染の心配のない人物、かも知れないし、医学にも精通していた若者、かも知れないし。

いや、小十郎が「何かをえぐった」、という行為があったとすればの話ですが。

 

片倉小十郎

以前部長が描いた片倉小十郎、浮世絵風。
芝居ならばこういうシーン、欲しいところです。