次郎、五郎

政宗は藤次郎政宗

成実は藤五郎成実

 

ですが、実は「藤」の文字は当時は使っていなくて、あとからくっつけたんだそうです。言われれば確かに、政宗が成実に宛てた手紙は「五郎殿」です。
「藤」は「藤原姓」であることを強調したいから来ているのだそうです。伊達家は藤原姓だそうです。(諸説あり)

政宗も自分を藤原政宗と名乗ることもありました。

 

いずれにせよ、政宗の通称は次郎です。

 

 

ツイッターで面白い記事がありました。
妻は夫を名前は呼ばないのだと。通称で呼ぶのだと。他にも部下や子供を呼ぶときも通称で、名前を呼ぶのは敵対している時だという記事です。
https://twitter.com/rokumsu/status/572673006784286720

真偽はともかく、仮にこれが本当なら「政宗」っていったい・・・。

 

 

ややそれました。

では他の武将も見てみましょう。

 

真田源次郎幸村、と、BASARA信繁は自分を名乗ってましたが、真田家は「源氏姓」から派生してるので源次郎です。

最上義光は源五郎。これも最上家は「源氏姓」から派生しているから。

 

平次郎なら多分平氏なのかな?
相馬や蘆名も平氏だけど、通称聞いたこと無いなあ・・・。
相馬平次郎義胤とか、ないよねえ・・・。

銭形平次とか?

 

 

他には金五郎とか、「金」「鉄」「銀」がつくと生まれが庚申日で、此の日に生まれた子供は盗人になると言い伝えられていて、名前に「お金」をいれるのだそうです。江戸時代以降の話かもしれないです。

 

で、疑問なのは「次郎」「五郎」です。生まれた順番は関係ありません。伊達にかぎらず圧倒的に二郎と五郎です。
政宗長男は幼名「兵五郎」、娘にまで「五郎八姫」です。
跡継ぎの忠宗は幼名虎菊丸ですが、通称は「総次郎」。
なにか宗教的な理由があるのかしら。

どこかで聞きかじった理由としては、伊達家は代々次男坊が跡継ぎになったから、という話もあったけど、おそらく関係ないでしょう。晴宗は長男だし、他家でも順番無関係だし。

ご存知のかたいますか~?

 

次郎で思い出すのは

「太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪降り積む
次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪降り積む」

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名作ですねえ・・・。

 

 

秀吉は政宗を通称で呼んでいたかしら?