伊達家の消息の濁点3つについて考えた

ツイッターで面白いつぶやきがありました。
それは、伊達政宗の文書には濁点が3つあり、しかし朝鮮出兵あたりには2つに統一されている、という話。

 

探してみると確かにひらかな文字に点が3つ、あるものを見つけたのです。
小十郎宛の手紙

文字なら地方全体の文化であるはず、政宗一人ではないだろうと思い、他の家臣の手紙も見たら片倉小十郎の手紙の中にも濁点3つを発見できました。

小十郎の手紙

 

改めてネットで検索すると、

Wikipedia濁点では

かつては「゛」のほかに点が3つ、4つのものや、丸を2つ書く記号も使われており、書く人や地方によってさまざまであったが、戦国時代から江戸時代にかけて全国的に点が2つの濁点に統一された。

 

とあり、政宗のことにも触れているのです。

ここからは部長の想像だが、政宗の手紙の濁点が全て3つなら話は簡単だが、ほぼ2つである、

ので、

一定のルールとして、そういう読み方があったんじゃないかという仮説をたててみました。

 

前にこんなブログ記事を書きました。

ここから****

運良く、政宗の時代にタイムスリップしたとしましょう。

まず、わからないと思われます。
彼等の言葉が。

東北弁も古文も知らないので
以下、全くの適当な文字の羅列ですが
こんな雰囲気じゃあないかなーと、妄想漫画です。

政宗の東北弁1

 

政宗の東北弁

まるげっぺって、何でしょうか。

イメージでは、母音の数がやたら多そうです。
米沢と成実のいる大森でもかなり方言が違いそうです。

通訳っていると思うけど、それがすなわち取次でもあっただろうか。
秀吉の、東北担当・浅野長政は言語に長けていただろうか。いや、喋れない大名など小馬鹿にしそうでもあり。

政宗はわざと方言丸出しで浅野を困らせた気もします。

当時の「音」を聞いてみたい。

ダレか教えて、濃い目の米沢弁と福島弁!

***ここまで

 

旧ブログです。

 

まさかの漫画の会話の中の点が足りないという事態・・・。

 

 

 

さらにもういっちょう、これも旧ブログから。

 

 

 

ここから***

先日此のような動画がFacebookに上がってきており、非常に面白かったのです。


何喋ってるのか全くわかりません!!!
想像以上の外国語です。

方言は今でこそ薄ま

ってしまったけれど、戦国当時の言葉は正に外国語ではなかったのかと想像してみたわけです。
ということは、政宗たちが何をしゃべっているのか、京都の人たちにはわからなかったと思うのです。

そこで、地方の有力な子どもたちには「京都語」を教える必要があったのではないかと考えました。

講師は外国人のネイティブでないと困るわけです。
実元も外国人を探していた所、全国を歩きまわる徳川家家臣と何かの形で紹介があって、雇い入れたのではないでしょうか。

政宗の訛り

政宗にとって、スペイン語などヘでもなかったと思われます。

そして、
全国のお国言葉を学ばねばならぬ忍者はすごいのではないかと思いました。

ところで、当時の京都語、ってどんなだろう・・・。
というか、共通言語は京都語でいいのかな??
手紙は訛っていないけど・・・。文字と言葉は別物。謎だ~~。

 

ここまで***

 

 

なんということでしょう。

 

 

手紙、訛ってました。

 

 

 

・・・・。

 

 

うむ。

 

輝宗も晴宗も皆そうだったんでしょう。
実元もそういう環境で文字を覚えたので、当然成実も受け継いだと思われます。
成実の手紙は数が少ない上に、平仮名のものがないので検証できないのが悔しいです。

伊達家の濁音

 

表記はテキトーですが、フランス語のようなこもった濁音の発音、中国語のように母音が多い、ような気がします。

 

タイムスリップするドラマや漫画は数あれど、言葉は通じているのが物足りないです。
いや、言語が違うと物語が成立しないから仕方ないのはわかります。
が、実際は上で紹介した青森のおばちゃんたち以上に不明なんだと思います。

 

伊達弁、習いたいなあ。