文字の行方

政宗は自分で手紙を書いた、珍しい大名である。

普通は「祐筆」という、代理で手紙を書く仕事をする人がいるので、大名はサインをするくらいしかないのだが。だから、信長や秀吉の真筆というのがとても少ない。

 

話は飛ぶが、空海は後の平仮名の元と言える文字を開発し始めた人物という説がある。空海が書いたと言われる謎な絵文字が残っている。

当時の文字は、基本中国語で、日本語のしゃべり言葉をそのまま文字に起こすすべがなかったようである。
感情を伝える新たな「文字」を開発しようとしたのが、空海だ、ということである。(と、テレビて見た)

 

そして生まれたのが平仮名だ。
少なくとも、現代において平仮名は日本人が発音している音(訛り除く)を網羅していて、
たとえおかしな作り言葉でも、ジョジョの奇妙な冒険の不思議な擬音でも、
音にして読める仕組みになっている。

 

政宗に戻ると、

戦国時代には平仮名はもうあった。
しかし、公文書は相変わらず漢字の羅列である。
現代の書類のようなものだ。

意味は通じるが、話し言葉とは大きく異る。

政宗の手紙の特徴に、やたらと追記が多い事があげられる。
この追記には気持ちが書かれている事が多い。
政宗の手紙

親しい間柄の人間にも手紙はひらかなが多い。
気持ちを伝えている、「手紙」であり、話し言葉(に近い)である。

 

秀吉もおねや子供に宛てた手紙は平仮名で、「気持ち」を「言葉」伝えている。

 

政宗の手紙は直筆で、「言葉」で伝えているものが多いのではないだろうか。
何か品をもらった際に、業務的なプリントされた紙をもらうよりは、付箋でもいいので、直筆で一言添えてあるほうがとても嬉しい。
直筆で「手紙」をもらった家臣はやはり嬉しい。政宗を好きになる、という構造だ。

 

社長(大名)が発行する公文書は、秘書(祐筆)が作るが、内部工作以外の目的で友人、家族に宛てるメールは秘書には書かせない。
私用の内容を祐筆が平仮名で書いた手紙、あるのかしら。気にして見ていないのでこれからは注意してみよう。

 

さて。

 

これから先、言葉と文字はどう変化していくんだろう。

気持ちを表すための表現に「絵文字」なるものが現れたが、これも文字として定着していくのだろうか。
いわゆる「読み方がない文字」である。
エジプトのヒエログラフにも幾つか「読まない文字」があるという。

今の正式な日本語は平仮名カタカナの「文字」=「共通して読める」
漢字の「文字」=「共通した意味があり、読み方が決まっている」であるが、
古代の絵文字のような「文字」=「伝わる」に戻りつつあるのか。

 

昔の文書も、漢字の単語を一つ一つ意味づけて読もうとするのではなく、この漢字を使っている時は「こんなイメージだよ~」というくらいのゆるい表記だったのかもしれない。

ドラマで手紙を読む時、封書を捨ててさあっと広げて右から左に視線をあっという間に動かし開封してから1,2秒で

「なんと!一大事だ~!!」

とか、言い出す。文字を読むのがものすごく早いのである。
「もう読んだんかい!」と、突っ込んでいるのだが、あれが実際だとも思わないが、案外そんなもんかもしれない。漢字がイメージ言語だとすれば、絵文字と同じだ。見れば伝わり、読む必要がないのだ。

 

今使っている絵文字はどうか。

例えば
自分が嬉しい事を報告した相手からこんな返事が来た。
「(^^)/     ∑ (゚д゚) 。゚(゚´Д`゚)゚。   ノシ 」
「元気そうでなにより! なにそれすごい!嬉しくて感動だよ~。じゃあねー」と、いう意味に取れる。
あるいは、状況が苦しいことだったら
「(^^)/     ∑ (゚д゚) 。゚(゚´Д`゚)゚。   ノシ 」
読んだよ~!驚いたし、そうか、辛かったんだね、泣けるよ。また連絡する」と、いう解釈になる。(多分)

 

(^^)/   に正式な読み方はないが、気分は伝わる。しかし、相手の状況次第で別の意味も帯びてくる。正式なルールと読み方を定めると、使い方に大きな制限ができてくる。

 

つまり発展途上の文字なのだ。空海が作った謎の感情文字と同じではないのか。これからどう発展していくのか不明なので、空海と一緒にすんな、と、お怒りであっても未来は分からない。

 

 

感覚で使っているうちに互いに共通認識になっていくのが文字や言葉。
そもそも、「」とか、=とか、文字ではない記号がめいっぱい使われているが、これは既に定着した共通する認識記号であり、=はイコールと読む。「」は通常は口に出さないが、カギカッコ という読み方はある。意味も言うまでもなく、通じている。

 

どんな言語に変化していくのか、楽しみである。退化するのか、進化するのか、日本語が消滅するときも来るだろう。

少なくともここ数百年で確立した日本語は無限の可能性を秘めた言語であると、信じているが。ノシ